“Welcome to the Club”お仲間ですね! Part 8

 2022年4月10日(日)の営業を以て、野毛のちぐさがリニューアル工事のために10か月間ほど休業することになりました。現在発表されている計画によると、新装ちぐさはガラス張り三層建築。地層階にあたる部分が戦後再建して2007年まで使われていた野毛町1丁目23番地の旧店舗の間取りを再現したジャズ喫茶に、路面に相当する層はライヴ・スペース、三層目はジャズ・ミュージアムになる予定です。

新しい店舗の外観イメージ。2023年春の開業を予定している。

 常に「現存する日本最古の」という枕詞が用いられるジャズ喫茶ちぐさ。このリニューアルには多くのマスコミが注目し、三月だけで10本以上の新聞雑誌、ネット記事を目にしました。

 そこでSaturday Afternoon Jazz Partyの8回目は、『ちぐさとジャズ喫茶文化論』と題して行なうことにしました。
 その昔、コーヒーを飲み、レコードで欧米の音楽を聴くという風俗は海外に目を向け、日本の地にありながらその文化に憧憬を感じた若き明治エリートたちによって作りだされました。はじめはクラシック音楽を解説付きで聴くレコード・コンサートのようなものでした。まだ江戸の匂いの残る日本で、そこだけが西洋に開かれた窓のようなものだったのでしょう。
ジャズ喫茶の始まりは、吉田衛さんによれば1929年開店の本郷“ブラックバード”、新橋“デュエット”が嚆矢のようです。続いて下谷“アメリカ茶房”、京橋“ブランズウィック”、浅草“ブラウン・ダービー”、銀座“ゆたか”、渋谷“デューク”とひろがり、“ちぐさ”は1933年開店。昭和も10年代(1935年〜)になると銀座、神田、浅草、新宿など都内だけで70店。横浜でも“ちぐさ”を含めて伊勢佐木町付近に6店が営業していました。 

あの頃のジャズといえばスウィングですが、それだけではなくタンゴ、ハワイアン、シャンソンなどもひっくるめてジャズ喫茶と呼ばれた時代です。店の売り物はまずはレコード・コレクション、二番目にオーディオ、三番目が欧米を感じさせる洋風インテリアで各店は競って店の特徴を宣伝しました。

キャブ・キャロウェイやビング・クロスビーのレコードが何時でも聴かれる

 これは下谷の“グリン・ルーム”という店の宣伝文句でコレクションの説明ですね。しかし往時のジャズ喫茶には四番目の売り物がありました。
「女の子は服はぐんと背中丸出しといった思い切った魔窟の女めいた装い」
「ガール達は皆凝った美々しい洋装で話のお相手をする」
 これは銀座にあった店の特徴をリポートした文章で、要するに喫茶ガール、レコード・ガールと呼ばれたレコード係に美人を揃えて集客していたという訳です。この当時はSPレコードの時代ですから短ければ3分(10吋盤)、長くても5分(12吋盤)ごとにレコードをかけ替えなければならない。そこでこのような専門の係が生まれ、折角なら見目麗しい女性を雇用して集客につなげようという経営判断。昔のエリートも美人には弱かったのでしょう。

ちぐさによるバーチャール・ジャズ喫茶。店内の雰囲気がよくわかる。

これらのジャズ(洋楽)喫茶も太平洋戦争が近づくとじわじわと弾圧の手が伸びて、ちぐさにもこの時点で6500枚あったSPレコードの供出を命じられます。吉田さんはこのうち500枚を出して残りの6000枚を店の二階に隠匿しました。「なあに、どうせ木っ端役人なんかにはわかりゃあしないさ」という大胆な態度が吉田さんらしいところです。しかし彼が中国出征中の1945年5月の横浜大空襲ですべて灰燼(というよりもSPは溶けてバウムクーヘン状になるそうです)に帰しました。
中国から復員した吉田さんが、戦後店を再開したのが1948年10月のこと。戦前からの常連客が持ち寄った千枚のSPと米兵から仕入れたV-Disc数百枚だけが資本でした。

ここまでが戦前戦後のジャズ喫茶の有様ですが、僕がちぐさに通い始めた1964年頃(16歳)は申すまでもなくLP時代で、喫茶ガールもいなければ西洋風のインテリアもない。吉田さん一人がカウンターの向こうでサイフォンでコーヒーを淹れ、レコードをかけ替えていました。扉を入るとすぐ右手に一間ほどのカウンターにサイフォンと二連のLPプレイヤー。その背後にレコード棚(LPはジャケットから外してすべて特注の白ジャケットに収められていた)。左手奥に置かれた大型スピーカーに向かって左右壁際にコーヒー・テーブルを挟んで向き合うかたちで椅子が15脚ほど。壁はジャケットを飾るためにパネルになっていました。

そこで僕が聴いたものは?

ジャズが沸騰していた時代でしたから、とにかく物凄い音が鳴っていました。思い出せばなかでもジョン・コルトレーンとエリック・ドルフィーの印象が強烈に残っています。これこそ戦後ジャズ喫茶の黄金時代。4月23日にはこのあたりのお話を村井康司さんとしていきたいと思います。実施概要は下記の通りです。皆様のご参加をお待ちしています。

Saturday Afternoon Jazz Party Vol.8
日程:2022年4月23日(土) 
時間:開場12:30/開演13:00(15時終演予定)
会場:ジャズ・スポット・ドルフィー
横浜市中区宮川町2-17-4 第一西村ビル2F
https://dolphy-jazzspot.com/
講演:村井康司(音楽評論家) 
司会:小針俊郎(横浜ジャズ協会)
電話予約:045-261-4542
メール予約reserveseats@dolphy-jazzspot.com
※お席に限りがありますので必ずご予約をお願いします。
会費:1,500円(飲食別)